「どうも、黄幡警察署の塚原です」
「同じく、長井と申します」
四十代半ばくらいの細身の刑事と、連れられたがっちり型の、二十代くらいの刑事が、光紀に向かって敬礼する。
岩淵家を取り囲む林。
異多禍の死骸はそのままに、地元警察を呼んだのだ。
敬礼を返した光紀と共に、真名、善巳、そして星美も彼らを待ち受けている。
巨大な死骸の周囲では、鑑識官たちが忙しく立ち働いている。
瞬くカメラのフラッシュ。
「ご足労おかけして申し訳ありません。何せ、先ほど急に襲われまして」
光紀が、塚原と長井に説明を始める。
「ああ……こちらの、岩淵さんのお宅のご子息さんですよね? 警視庁の、異象捜査課にお勤めの……ああ、大丈夫です。ここの警察の人間は『わかって』ますから」
塚原が、穏やかな調子で言い聞かせる。
「わかっている……と仰いますと、こういうことを?」
光紀はすっと目を細める。
そういえば、この二人の刑事も、鑑識官数人も、別段異多禍の死骸に驚いた様子はない。
「ええ。異多禍ね、死骸になっているっていうのは珍しいですけど、こいつらはよく出て、我らの手を煩わせるんですよ。まあ、やられるのは地元の人間というよりも、スキー場で、立ち入り禁止のエリアにわざわざ踏み込んでいく、無鉄砲なスキー客なんかが多いんですが」
背後で聞いていた善巳がぎょっとする。
「ここのスキー場、異多禍が出るんスか……?」
「ええ。出ますよぉ、俺も、都会出身の知り合いをここのスキー場に連れてきたらてきめんに」
長井がわざとらしく声をひそめる。
「一年に一人か二人はやられますね。まあ、表向きはクマにやられたとか、滑落して行方不明とか……ま、最終的には凍死体で見つかるんですけどね、そういう人ら」
塚原が、むう、と首をひねる。
「しかしねえ、こんな暑い季節に異多禍が、こんな人家の傍にでるなんて珍しいですなあ。何か変わったことをされましたか?」
「誰かが狙って来たのだと思うわ。多分、刑事さん……こちらの岩淵光紀さんを狙って来たのね」
星美が口を挟むと、地元刑事の塚原と長井が彼女を見やる。
「岩淵さん、こちらは」
「……この方は、相馬星美さん。半分『奴ら』なんです。今のところ、人間に敵対する様子は見せず、警視庁の協力要請にも応じてくれていますから、とりあえずは信用して大丈夫です」
光紀が淡々と紹介すると、星美はきゃらきゃらと笑う。
「本当は信用したくなさそうねえ。岩淵さんて正直だわぁ」
「岩淵さん……言い方ってものが……」
真名が軽くたしなめると、光紀はかすかに咳払い。
「あー、東京には人材が豊富ですなあ……。それはさておき、岩淵刑事を狙って来たというのは確かなんでしょうか? それはなぜわかるんですか?」
塚原が訪ねると、光紀が視線を星美に向ける。
星美が、ふふっとヴェールの下で笑う。
「私は、召喚はじめ、こういう魔術を感知できるの。誰かが明らかに岩淵光紀さんが到着した後の岩淵家に向かって、異多禍を召喚する術を使ったのがわかったわ。敵意の方向は、光紀さんを向いていたから、狙いは光紀さんね」
塚原は思わず長井と顔を見合わせる。
「そういうものも感知できるんですなあ……。しかし、何で、このお宅の中でも光紀さんが狙われたのかということは、おわかりになりますか?」
星美はかすかにヴェールのかかった首をかしげる。
「光紀さんは、このお宅にお住いの高校生だった頃、『黄の王神楽』を踊ったことがおありだったでしょう? それこそ、いけにえにするには最適の人材よね?」
塚原は目を鋭く細める。
「いけにえというのは……一体何のためのいけにえです? この異多禍を呼んだ奴は、最終的に何をしようとしたんですかね?」
星美は、そうねえ、と指を口元に。
「魔術師って、大体エスカレートするのよ。小さな魔術から、大きな魔術へ。召喚術に限るなら、位が下の存在から、より高位の、危険な存在を呼び出し、自分の力を強化しようとする」
塚原は目を瞬かせる。
「異多禍は呼べた……ということは」
「それより上の存在。つまり、異多禍を支配している、この辺りで言えば、爬素汰大神、つまり邪神ハスターを呼び出したいんじゃないかしらね?」
考えてみれば、この事件が起こった時点で、その人だかその人たちだかの目的なんて明白じゃない?
「黄の王神楽」の覚書と衣装一式、そして石笛。
全部ハスターちゃんに関係してるわよね?
光紀は、なるほど、とうなずく。
「このことは、すでに警視庁の異象捜査課でも疑われていたことです。例の盗難事件を起こした者の目的は、最終的にハスターの召喚なのではないかと。この土地では、過去には人死にがでることを覚悟の上で、神楽を舞い、更にはその際にいけにえも捧げられていた」
それは、今から500年は昔に途絶えさせられた、呪われた伝統である。
この土地の深層を、ちょっとだけでも垣間見たことのある者たちには自明のこと。
当時の勇気ある統治者が、強権でもってその呪われた伝統を止めさせたという話は伝わる。
今では、ご当地の怪談話のネタであるが、その言い伝え自体は紛れもない事実だ。
「まあ、とにかくです。奴らが、私を狙っているなら、むしろ好都合だ。こちらには戦える頭数があり、奴らに対する知識もある」
光紀が、静かに、だが断固として宣言する。
ちらりと、真名、善巳、そして、星美を見やる。
「そちらの署で、保管している証拠品を見せていただけますか? 少しでも奴らの手掛かりになれば」