5 語られる記憶

 光紀が「黄の王神楽」を踊った年なあ……。

 

 お前、本当に覚えていないんだな。

 あの年は、黄幡高校の、本来踊ってくれるはずだった二年生の子が、急な入院手術になってしまって。

 夏休み前に、急に代役を立てないといけなくなってなあ。

 でも、毎年生徒を出している郷土史研究クラブに、その年は適任の男子生徒がいなくてな。

 で、この家の息子の、お前に白羽の矢が立ったという訳だ。

 お前も気軽に引き受けていてな。

 お前は小さな頃から毎年見てたから、そう緊張しないでできると思ったんだろうな。

 

 ……今になって思うとな。

 本来「黄の王神楽」を踊る予定だった子の急病、なんか気味悪かったな。

 直前まで元気だったのに、夏休み前に急に倒れるなんて。

 今までの健康診断で見つからなかった重い病気が、内臓にできていた。

 あまり怪しげなことを言いたくないんだが、まるでお前に「黄の王」役を躍らせるように、誰かが仕組んだみたいだなあと……。

 いや、歳をとると迷信深くなっていかんな。

 

 まあ、そういう訳で、お前がその年の夏休みから、「黄の王神楽」の練習をしたんだ。

 高校三年生で、受験が推薦入試にしていたから、まあ、地域の活動もこういう時にがんばってみろと、あの時、俺は言った記憶があるよ。

 ……言ってしまったんだ。

 その後、どんなことが起こるか、その時はわからなかったんだよ。

 

 で、夏休みいっぱい、お前は「黄の王神楽」の練習をしていた。

 受験勉強も頑張ってて、お前はあの年忙しかったな。

 でも、楽しそうだった。

 俺もほっとしていたんだが……実際に、秋になるまでは。

 

 秋祭り、実際にお前が舞台に立つことになった。

 地元のテレビ局も例年のように取材にやってきて、爬素汰神社では大盛り上がりでな。

 お前も、お前の友達も、お前のファンだという女の子たちもわいわいしてたぞ。

 

 ……ん?

 ファンなんかいたのかって?

 忘れたのか、無情な奴だなあ。

 お前は成績も良ければ運動もできて、ついでに見栄えもするから、ファンが多かったんだよ。

 テレビ局の人も、ご子息は画面映えなさるので、こちらとしても撮影のし甲斐があると喜んでいたなあ。

 

 ……それで済めば、ばんばんざい、良い思い出で終わったのに。

 

 いや、「黄の王神楽」の撮影に、何か問題があった訳じゃない。

 お前は見事な神楽を舞った。

 あの、家に伝わっている、「黄の王の装束」と「黄の王の面」を着けてな。

 神社の神楽舞台で演じて、見に来てくださった方々も大喜び、友達にも好評、もちろんファンの女の子たちは黄色い歓声だったぞ。

 

 でもな。

 問題は、お前が神楽を舞ったその後だったんだよ。

 

 お前は、神楽を舞い終えた後、舞台袖に引っ込んだ。

 そこに……あいつがいたんだ。

 

 あいつって何者だって?

 

 俺にもわからない。

 その時もわからなかったが、今でもあれが何だったのか、まったく判明していない。

 

 どんな奴?

 人間じゃなかったのかも知れない。

 ちょっと人間だとするには無理があるほど、やけにでっかい人影だったんだ。

 並みの人間の倍くらいはあった。

 神楽舞台裏の高い天井でも擦るくらいでな。

 

 たった今神楽を舞ったお前と同じ、黄色い装束に青白い面をつけて……

 周りの人は倒れていて。

 お前だけが、舞台衣装を着けたまま、平気でその化け物と話をしていた。

 俺は、見てしまったんだ。

 何を話していたのかは聞こえなかったが、その化け物が、お前の手に何かを握らせたのはわかった。

 

 お前を護らなければと思って駆け寄ったんだが、いきなりその化け物が消えたんだ。

 一体どうやったのか、嘘みたいにいなくなっていた。

 だけど、お前は……

 確かに、あの化け物がお前に握らせたものを、しっかりと持っていたんだ。

 つまり、その時手渡されたというのが、その今お前がつけているその指輪なんだよ。

 

 お前がどうにかなるんじゃないかと思って心配だったし、周りの倒れている世話役の人たちも……

 でも、お前はけろっとしていて、もう何年も前から持ってたみたいに指輪を大事にしていた。

 周囲の人も急に起き上がって、何事もなかったように。

 

 あの時は、もしかして俺がおかしくなったんじゃないかって自分を疑ったよ。

 

 あの時は何が何だかわからなくてな。

 とりあえず、何事もなくお祭りは終わって、お前は母さんに連れられて家に帰った。

 俺は舞台の実行委員だったから、そこにしばらく残って後始末をしていたが。

 

 で、家に帰ったらな。

 お前、その指輪を後生大事にして、決して手放さなくなっていた。

 それだけならまだしも。

 お前しかいない部屋から、時々耳慣れない男の声が聞こえるようになった。

 この家の中で、あの時見た黄色い装束の化け物の姿を見ることが多くなった。

 特に理子が怖がってな。

 

 これはまずいと思った。

 で、俺はお前が寝ている間に、その指輪をお前の部屋から盗み、床下に埋めたんだ。

 

 お前は、その朝目を覚ましたら、指輪のこともあの化け物のことも、きれいさっぱり忘れていた。

 秋祭りに「黄の王神楽」を舞ったことは辛うじて覚えていたが、その記憶もかなりあやふやらしくてな。

 

 そのうち、お前は推薦入試に受かってな。

 高校卒業したらすぐに、東京で一人暮らしを始めた。

 大学生活は平穏だったはず。

 そしてそのまま、東京で警視庁に就職。

 あの化け物と、その指輪の話なんか、全く出なくなっていたんだよ……。

 あの件は終わったんだと、俺は今の今まで思っていたよ。