11 黄幡郷土資料館

「池垣宗太郎さんは、私も個人的に存じ上げている方です」

 

 光紀は、市内の「黄幡郷土資料館」に向かう車のハンドルを握りながら、そう説明する。

 

「あちらも、私を子供の頃から知っています。親戚という訳ではないのですが、私の感覚では可愛がってくれた親戚の伯父さん、といったような方で……正直、少々やりづらい」

 

 ふと、善巳が疑問を差し挟む。

 

「あの、池垣さんて、お年はおいくつくらいなんスか? ご両親よりも」

 

「かなり上ですね。もう七十代のはずです」

 

 ちらっと向けられた善巳の疑問を含んだ視線の意味を、真名は即座に読み取る。

 

「あの星の精事件の奥脇も高齢でしたが、池垣さんも七十代となると……協力者がいたとしても、人が入りそうなくらいの長櫃を、運び出すのは大変そうですよね……」

 

 もしかして、犯人は三人以上なのでは?

 池垣さんが犯人だとするなら、彼は実行犯ではなく、もっと若い体力のある手下にやらせた可能性があるのでは?

 真名は、食い気味に推理をぶつける。

 光紀はうなずく。

 

「ええ。神楽保存会というのは、池垣さん一人ではないですからね。副会長の中村直樹さん、書記長の風間亮二さん。こちらのお二人はまだ五十代だったはずです」

 

 他にも何人かいますが、実際に私の実家に尋ねて来るとなると、この三人ですね。

 光紀は目抜き通りを横切り、二つ下の通りへ。

 角を曲がり、古い商店と住宅が混じり合った一角へ車を走らせる。

 

「しかし、こうしてわが身に降りかかるとなると、実にぞっとする話ですね。奴らの話というのは。よく見知った優しい人が、邪教徒ではないかと疑わないといけないというのはなかなかに辛いものがある」

 

 まあ、そうは言っても、自分と関係あるからといって、その人を疑わない訳にもいかない。

 光紀は鋭くため息。

 ふと、星美が口を挟む。

 

「池垣さんに尋問する段になったら、私を口実に使っていいわよ? 『この奴らとの混血の捜査員が、独自の嗅覚で、犯人がこの郷土資料館周りをうろついていたようだと言うのです。何かお心当たりはございませんか?』ってね?」

 

 星美は光紀の口調を上手く真似ながらくすくす笑う。

 光紀はじろりと星美を睨んだが、ふと思い直したようだ。

 

「……そうですね。口実としては、有難く使わせていただきますよ、先生。他にも何かわかったら、すぐさま仰ってください。隠し立てすると、良いことはありませんよ。私には、もう、一撃であなたを殺害できるような武器があることをお忘れなく」

 

 冷たい言い草に、星美はけろけろ笑い、善巳はぎょっとする。

 真名は星美と光紀の間で視線を行き来させる。

 

「岩淵さん、何もそんな物騒なことを仰らなくても……」

 

 流石にこれはないと思った真名が苦言を呈すると、光紀が応じる前に星美が笑う。

 

「そうねえ。忘れてないわよ、その武器のことは。ともあれ、真面目な話、この春に池垣さんが神楽のことをテレビで語ったというのは、結構重要だと思うわ。ご長寿番組の、郷土のお祭り特集。放映されたのは基本県内。背中を押された人がいたのかしらね?」

 

 真名と善巳が、その番組の視聴者数を予想しようとした時、彼らの乗った車は、生け垣に囲まれた広い敷地の建物に滑り込む。

 門柱らしきものはあり、「黄幡郷土資料館」と金属のプレートに彫り込まれている。

 

「わあ、大きな建物ですね!!」

 

 真名は広い敷地の真ん中を占める、屋根が特徴的な近代建築を見上げる。

 

「何せ、土地が土地ですからね。あまり個人で所有したくなくなったような古いものが、あちこちの個人宅にも、寺社仏閣にもかなりある。そういうのをまとめて保管できるようにしてあるんですよ」

 

 光紀が、車を降りると、さりげなく説明する。

 全員が車を降りると、強化ガラス張りの玄関へと向かう。

 入口をくぐってすぐ、受付へと光紀はまっすぐ進む。

 

「失礼。ご連絡差し上げた、警視庁の岩淵です。館長の池垣さんにお会いしたいのですが」

 

 警察手帳を提示しながら、受付の制服を着た女性に話しかけると、彼女は承っております、とうなずき、どこかに電話をかける。

 すぐ切ると「館長がお待ちしております。この者がご案内いたしますので」と、もう一人いた少し小柄な女性に、お願いします、とうなずく。

 

 岩淵を先頭に、小柄な受付の女性に案内されて、一行は玄関から一転して薄暗い、壁に囲まれた廊下を進む。

 いくつか角を曲がり、奥の重厚な扉の据えられた部屋の前。

 

 案内の女性がインターホンで来意を告げると、「どうぞ」と陽気な声が返って来る。

 

 光紀は、案内の女性に軽く頭を下げて礼を述べると、扉を押し開ける。

 雰囲気のある、民芸品モチーフの照明に照らされた広い室内。

 大きな執務用デスクの向こうから、恰幅の良い、大柄な老人が、矍鑠とした足取りで近づいて来る。

 

「やあ、光ちゃん!! 大きくなったなあ!!」

 

 その男性、郷土資料館館長の池垣は、手を広げて、光紀を抱き寄せバンバン背中を叩く。

 

「なんだ。本当に刑事ドラマの刑事さんみたいだなあ。光ちゃんみたいな俳優さんいたでないの。あの刑事ドラマ好きだったな、なんて言ったっけ、可愛い車に乗ってるやつでさ……孫も好きでねえ」

 

 話が限りなく脱線しそうになったのを素早く察知して光紀は、警察手帳を提示する。

 しかし。

 

「おっ!! これ警察手帳!? 本物!? ちょっと見せて」

 

「あっ、駄目ですよ池垣さん、一般人に触らせたってバレたら首が飛ぶので……今厳しくて……」

 

「あ、そう? 残念だなあ」

 

 思わず久しぶりに会った親戚同士みたいな和やかな会話になるのを、真名も善巳も星美もほっこり眺める。

 この人が、池垣宗太郎が邪教徒?

 本当だろうか。

 

「ま、座って座って」

 

 一行は池垣にソファセットに案内される。

 

「何だっけ? 春に放映された番組のことだっけ?」

 

「ええ。あの、『黄の王神楽』が本来もっと長いこととか、全部通して舞うことができたら、何でも願いが叶うという内容について、問い合わせがあったということは」

 

 光紀が手帳片手に尋問をはじめると、池垣は軽く首をかしげて、とんでもないことを口にする。

 

「いや? 番組を見たからかどうかはわからないけど、理子ちゃんから問い合わせがあったよ? 兄妹なのに聞いてないかな? あの神楽の道具が気味悪くて、この資料館に預けられないかって問い合わせでさ……」

 

 思いがけない話に、光紀は目を瞬かせ、ソファに並んで座っている、真名と善巳は顔を見合わせる。

 星美は、ふうん、と笑いを含んだ声。

 池垣は更に続ける。

 

「いや、前々からね、私の方でも、君のご両親に、保存状態を管理するためにも、お神楽の道具を資料館に預けないかって話は持ち掛けていてねえ。祥子さんはそれでもいいんじゃないかって仰ってくれたんだけど、武光さんは、自分が当主でいる間は、自分で管理したいという意向で……」

 

 光紀は、震える手でメモを取りながら、更に突っ込む。

 

「問い合わせをしてきたのは、妹だけなんですか? 他に……」

 

「東京のテレビ局からも問い合わせが……ドラマにしたいとか何とかでさ。それ以来なしのつぶてだけどね。でも、問い合わせなくても、番組で話したようなことなら、この本に書いてあるから。図書館で読んだことがあるなら、番組見ただけよりわかると思うよ」

 

 池垣は、立ち上がって、壁際の本棚から、暗い緑色の表紙の、分厚い本を取り出す。

 

「『黄幡郷土史』……?」

 

 光紀はすぐ後を追って、その本を覗き込む。

 

「私の叔父にあたる人が、戦後すぐに書いた本だよ。『黄の王神楽』に関する伝承も、かなり詳しく書いてあってさ」

 

 光紀の顔が青ざめている。

 

「……この本はこちら以外にどこにあるのかご存知ですか?」

 

 池垣はのほほんと首をひねる。

 

「市立図書館には確実にあるなあ。個人の蔵書では……古い本だからなあ。あ、学校の図書館なんかにはあるかも知れないな」

 

 その時。

 

 バン!!

 

 と、部屋の扉が大きな音を立てる。

 

 光紀はじめ、一行と池垣が一斉に扉を注視する。

 

「なに……何かが……」

 

 バン、バンと大きな音と共に振動する扉の隙間から、何か細かいものが飛び散っているのが見えている。

 砂粒だろうか。

 

 光紀が、「ハスターの銃」を構え、真名が魔術書を広げる。

 

 扉がぶち破られ、そこから、けむくじゃらの大きな何かが、跳ねるように転げ込んで来たのだ。