17 書庫へ

「見つかったのは、これだけッスね……」

 

 善巳が、目の前のテーブルに置かれたメモ帳の束と、領収書の束を見下ろす。

 真名も、光紀も、そして星美もそのテーブルを取り囲む。

 

「『教団』『いけにえ』『ノルマ』などの文言が書きつけられた電話脇のメモの束。そして、恐らくどこかの団体の会費の支払いをしていたことを示す領収書」

 

 光紀が、静かにそれら黄色く変色した紙の束を軽く指で弾く。

 

「『聖海友愛団(せいかいゆうあいだん)』……聞き覚えのある名前ですね」

 

 光紀の言葉に、真名ははっと振り向く。

 

「この団体をご存知なんですか? 何なんですかこれ?」

 

「ええ。我ら警視庁『異象捜査課』がたびたび捜査対象にしている危険な団体です。表向きはいくつかの神社仏閣が中心になって創設された宗教的互助団体なんですが、実態は典型的な邪神教団ですね」

 

 真名と善巳は顔を見合わせる。

 

「邪神教団……て……」

 

「『奴ら』を……神話的存在というやつをこの世に顕現させようというはた迷惑な団体です。目的のためには手段を選ばない。奴らは主に眠れる神であるクトゥルーを目覚めさせるのが目的となっていますね」

 

 光紀がそう告げると、真名のこめかみあたりがチリチリ痛む。

 

「クトゥルー……」

 

「私がねぼすけさんって呼んでいる人よ。もう、何億年も眠りっぱなしなの」

 

 星美が、不意に口を挟む。

 

「『其は永久に横たわる死者にはあらねど、測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの』……ねぼすけさんは眠らせることはできるけど、決して殺すことはできないの。でも元気に活動されても、この星の生き物、主に人間ちゃんたちが困るから、眠っててもらうことになっているのよね」

 

 真名は、身震いする思いに囚われる。

 そのクトゥルーが目覚めるとどうなるのだろう?

 

「……クトゥルーを崇める邪神教団の目的は大体同じ、奴を目覚めさせることです。ここの屋敷の主だった魔術師の奥脇孝三郎も、その目的に賛同していたということでしょう」

 

 奴が使役していたクリーチャーの系統が、クトゥルー属する旧支配者とは違っているのが気になりますが、ままあることですしね。

 光紀がふと付け足す。

 

「これ、どうしましょう?」

 

 真名が紙束を持ち上げる。

 

「申し訳ありませんが、宇津木さんが持っていてくださいませんか? あなたのバッグが一番収納力が高そうですし」

 

 光紀が要請するや、真名はうなずき、荷物のリュックを開ける。

 裏取り用の書類入れがあったので、領収書はその中に、電話台のメモはリュックに直接入れる。

 

「いけにえってのが気になってるんスけど……この奥脇さんて人、まさかいけにえにする人間を捕まえたりはしていなかったッスよね?」

 

 善巳がふと呟く。

 

「邪神教団なら、いけにえの確保は付き物です。この人物も、恐らくいけにえになる人間を物色するように指示は出されていた可能性が高いですね……」

 

 真名はふと閃く。

 

「……あの『星の精』に襲わせていた生き物や人間は……いけにえ?」

 

 光紀が苦い顔でうなずく。

 

「確認を取るまで断言できませんが、そう考えると死後まで『星の精』を使役していたという行動の筋は通りますね……」

 

 真名は慄然とし、善巳と顔を見合わせた後に光紀の陰鬱な表情に目を移す。

 彼がもう二度と正気の世界には帰って来ない同僚であり友人である誰かを想っていることの見当はついたが、彼のためにもこの件を終わらせようとは言いたくない。

 彼は、もう二度と正気の世界には帰って来ない廃人だ。

 地球がそのクトゥルーだかの気まぐれで滅亡することになる日が来ても、彼が元に戻ることは永遠にないのだから。

 

「ノルマ……っていうのも、もしかしていけにえの……スかね……」

 

 善巳が恐る恐る口にすると、光紀がうなずく。

 

「邪神教団が構成員にいけにえのノルマを課しているのは、よくあることですよ。そういう意味で間違いないでしょうね……」

 

 おわかりでしょう。

 これだから、邪神教団は許しておけないし、奴らは遠ざけられるべきなのですよ。

 光紀が重たく口にすると、星美がくすくす笑う。

 

「さて、そろそろ、別なところを探した方がいいんじゃない?」

 

 

◇ ◆ ◇

 

「何か、声がしないスか?」

 

 廊下の奥。

 重厚な扉の前で、善巳が呟く。

 

「……誰か、笑ってますね……」

 

 真名が姿勢を低めたまま応じる。

 

「さっきの『星の精』の仲間でしょう。この部屋の中にいるようです。書庫の可能性は高いですね」

 

 光紀が銃を構えたまま、扉に取り付く。

 

「……何がおかしいのか、ずっと笑っておられる相馬先生がここにおられるのだから、声はこの部屋からだ。……相馬先生」

 

 光紀が、横柄な仕草で、最後尾の星美を見据える。

 

「私の隣に来て、援護してくださいませんか? 恐らく『星の精』が複数いる。私一人では凌ぎ切れませんね」

 

「あら、ようやく私にSOSを出したわね? 適切な助力の要請は、生き残る第一歩だわ、フフフ……」

 

 光紀のずいぶんな言い草をものともせず、星美が銃を構えた光紀の隣に並んで、扉の前に取り付く。

 光紀が、一瞬の間を置いて、扉を蹴り開ける。

 同時に、マズルフラッシュが花開く。

 

「う……ああっ……!?」

 

 真名は見る。

 閃光の中に浮かび上がる「星の精」の群れ。

 銃弾で押される以上に、星美の虹色の糸で切り裂かれてうすぼんやりした死骸が積みあがる。

 

 だが、それ以上に恐ろしいのは。

 

「うわあああああああっ!!」

 

 彼女の視界に入ったもの。

 それは、星の精の群れの奥、分厚い書棚の前に陣取っているもの。

 混沌を体現したかのような、ポリプ状の巨大な何かである。

 

 真名の正気がおぞましさで一瞬吹っ飛ぶ。

 それと同時に、左側にあった窓を破砕し、真っ黒な何かがポリプ状の何かに突進したのであった。