18 推理再び

「さて……これで一通り、容疑者に事情を聴いた訳ですが」

 

 光紀の実家の客用の離れ。

 その一室に、光紀はじめ、真名、善巳、星美が集まっている。

 外は夏の終わりの長い陽も陰り始めた時刻。

 夕餉のいい匂いも漂ってくる、そんな時分。

 庭木に、落ちかけた陽が投げかけられ、長い影が庭を横切る。

 池の鯉が跳ねる水音。

 思い出したように横切る、この地方特有のうねる風が、裏山も庭も、草木をざわめかせる。

 

「みんな疑おうと思えれば疑えますけど……でも、全員ちょっとずつ犯人にしては不自然なような気もしますよね」

 

 真名が、座卓にiPadを広げている。

 

「栽松さんは、協力者がいそうにない。池垣さんは、邪神関係に耐性がまるでなく、邪教徒にしては不自然。黄幡高校の星先生、大槻さん、加津間くんも。生徒二人は未成年ですし、星先生も不審な行動があった様子はないという学校関係者の証言が」

 

 ふと、善巳が首を傾げる。

 

「うーん、でも、それも何とかしようとすればできる要素はある人ばかりッスよ。栽松さんは弟さんを助けるために邪神教団に助けを求めたかも知れないし、池垣さんは普通の人よりは邪神信仰に詳しく、共犯になり得る配下もいる。黄幡高校に至っては、邪教徒の魔術師が出入りしてるの確実ッスよね?」

 

 つまり、全員が疑わしいといえば疑わしい。

 光紀は頭を抱えたくなる。

 

「考えたくありませんが……私の家族も容疑者ではあります。実は、『黄の王神楽』で死と引き換えに願いを叶えた人間が、私の血縁にいるのですよ」

 

 いきなりの光紀の告白に、真名も善巳もぎょっとする。

 平然として見えるのは、星美だけ。

 

「え、岩淵さん、それはどなたが」

 

 真名が思わず尋ねると、光紀は、かすかに息を吐く。

 

「とっくの昔に亡くなっていますが、私の曽祖父にあたる人物です。戦後の混乱期、この岩淵家も財産を無くしそうになったのですが、当時すでに高齢だった曽祖父が命と引き換えに一人で神楽を舞い、家を救い、岩淵家は没落を免れたと」

 

 ですから、と光紀は続ける。

 

「そのことを知っているこの家の人間が、何かを考えてしまってもおかしくはないのです。被害者を装って加害者だったという事例は、刑事などやっていると嫌というほど見聞きしますからね」

 

 光紀の表情は苦く、色白の眉間には苦悩の皺が刻まれている。

 身内びいきは厳禁、自分は刑事だという自覚が、彼に厳しい言動をさせてはいるのであろう。

 しかし、彼はこの家で育まれた者だ。

 大事に育ててもらったのだという認識は、家を離れて時間が経つほど実感となって迫る。

 

「あら、みんな、難しく考えすぎなんじゃない?」

 

 ふと、星美が口を開く。

 家の中なのに、ヴェールを被ったまま。

 その下からくすくすと笑い声。

 

「今まで容疑者の人たちに会いに行った中で、魔術師の影を感じた事例を探せばいいのよ。子猫ちゃんのことじゃないし、困ったちゃんのちょっかいでもない、明白に『魔術師の仕業』って襲撃があったじゃないの」

 

 光紀がはっと顔を上げる。

 真名は善巳と顔を見合わせる。

 そう言われてみれば、簡単なことかも知れない。

 

「決定的な証拠は、今、岩淵さんのお父様が持って来て下さるわ」

 

 星美が口にするのと、廊下を聞き覚えのある足音が渡って来るのは同時である。

 

「え? 父さん?」

 

 光紀が身を捻ると、足音は部屋の前で止まる。

 

「光紀? いるか?」

 

 ふすまが引き開けられると、スラックスに半そでポロシャツの、夏の昼間の仕事着姿の父、武光がそこにいたのだ。

 

「父さん、どうしたんだ?」

 

 光紀は、立ち上がって父の前に立つ。

 

「いや……光紀、ちょっと来てくれないか? 話があるんだ」

 

 光紀は、思い詰めたような父親の表情に、何かを感じ取る。

 

「ああ……皆さん、ちょっと父と話があるので、待っていてもらえますか」

 

 光紀は仲間たちに断りを入れてから、父の後を追って、母屋に渡る。

 懐かしい、家の廊下。

 

「まあ、座りなさい」

 

 居間には、母が待っていたのだ。

 光紀は両親と差し向かいで、座卓の前に座る。

 

「光ちゃん、忙しいのにごめんね」

 

 母の祥子が、麦茶を注いでくれながら、光紀に詫びる。

 

「いや、そんなことはいいんだけど。どうしたんだよ、改まって」

 

 何があったのだろう?

 両親がここまで深刻な表情を見せるのは、親友が狂い光紀も大けがをしたあの時くらいだったはず。

 

「……警視庁のな。サイトって、あるだろう? あれ見て、気付いたんだ」

 

 武光が、何かしらを恐れているような苦い表情で。

 

「……お前の所属している、『異象捜査課』ってな。サイトにないんだよ。光紀、お前……」

 

 深刻な表情のままそんなことを口にする父に、光紀は思わず苦笑してしまう。

 

「ああ、『異象捜査課』って、表向きには存在していないっていうか、部署的には捜査一課、前に俺がいたところの付属部署ってことになっているんだ。だから、サイトには掲載されてない」

 

 そう告げると、武光も祥子もぽかんとした顔をする。

 

「えっ……そうだったのか……いや、びっくりしたぞ、何事かと……」

 

「やだもう!! 光ちゃん、そうならそうと早く言ってくれないと!! お母さんもお父さんも、寿命が縮んだわよ!!」

 

 武光が天井を仰ぎ、祥子が安堵のあまり顔を覆っている。

 光紀は、もう少し詳しく説明すべきだったなという少々の後悔と罪悪感のもと、スーツの内ポケットから警察手帳を引っ張り出す。

 

「はい、警察手帳、本物な。あのさ、変なこと想像しちゃったのかも知れないけど、俺そういうことしないから、安心してよ」

 

 俺も何事かと思ったよ!!

 説明不足は悪かったけど、びっくりさせないでよ!!

 光紀は緊張がほどけて思わず笑ってしまう。

 

 と。

 

「ああ、そうそう、忘れるところだったわ」

 

 祥子が、後ろの電話台の上から、黄色い何かのチラシのようなものを持って来る。

 

「ん、何だよ?」

 

「いや、これさ、お前が出かけた後にポストに入ってたけど」

 

 説明しだしたのは、武光の方だ。

 

「これって、どういうことなんだろうな?」

 

 そのチラシのような黄色い紙を覗き込んだ光紀の顔が一気に青ざめる。

 

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 正方形にドットが集合したそれを、光紀は凝然と見下ろすしかなかった。