「大槻さん!! 加津間くん!! 何だ、部室にいろって言っただろう!?」
星が頓狂な声を上げる。
大人しそうな男子生徒はびくっとしたが、ロングヘアの女生徒はけろりとした顔で、むしろ嬉しそうにうふふと笑う。
両方、紺色チェックブレザーのこの黄幡高校の夏の制服を着ているところからすると、この学校の生徒で間違いなさそうだ。
「あら、だって、私が案内しないと、刑事さんたちがこの!! 大注目のはずの考古学的大発見!! を素通りするかもって知れないって思ったんですもの!! これを見てもらわなかったら、何のために東京の刑事さんに来てもらったんですか!?」
……。
事情聴取ですがそれは。
さしもの光紀が押され、真名と善巳が目をぱちぱちさせ、星美が楽しそうに笑う。
思いがけない濃いキャラの登場に、彼らは調子を狂わされていく。
「ええと、あなたは、もしかして大槻まゆみさんですか? 郷土史研究部部長さんの?」
光紀が気を取り直してそう問うと、まゆみはよくぞ言い当ててくださいましたとばかりに、両手を頭の左右でひらひらさせる。
「そうでーす!! 私が、郷土史研究部部長の、大槻、ま、ゆ、み、でーーーす!! ねーねー、眼鏡のかっこいいお兄さん!! この石の柱、どう思います!? 超クールだって思わないです!?」
ずいずい迫られて、光紀はおもわずのけぞる。
まゆみの澄み切ったキラキラ光る目を見ていると、どうもいたずらな子供がよそ者の大人をからかっているというのではなく、本当にこの遺物が自慢であるように見える。
「そうですね……」
光紀が、ちらっとその石の遺物に目を落とす。
「私は専門家ではありませんが、変わった考古学的遺物だと思いますね。この学校の敷地から出て来たと、星先生に教えていただいたのですが、随分変わったものが出土したものですね」
「そうでしょ!? 実はこれ、私の実家の建設会社が掘り出したんですよー!! この学校の改築工事を請け負って、おととし、私が入学した年に旧校舎跡の地下から掘り出したんですって!! 大学で鑑定してもらったら、縄文時代のものだろうって!! スゴくないですか、この辺には大昔、こんな生き物が」
「大槻さん!! 部長!! 落ち着きなさい!!」
ずいずい迫られて困惑する光紀を見かねて、星が割り込んでくる。
彼は光紀にぺこぺこ頭を下げる。
「すみません。この子はこういう話になると見境なくて……どうも東京から、このおかしな石を調べに、警視庁の特別な部署の刑事がやってくるって思っていたみたいです……」
「ああ……なるほど」
まあ、全面的に外れてもいないな……。
光紀の心の中の呟きは、残り三人の心の中の声とも重なる。
真名と善巳は、いっそ、そう誤解させておいた方がいいかも知れない、と囁き合う。
「あ、あの、星先生」
真名が、ふとカメラバッグを抱え直す。
「一応、この柱の写真、撮影させてもらってもいいですか? 何かの手掛かりになるかも知れないので」
この事件の、というより、こういうものは記録していた方がいいだろうと真名は判断し、星に許可を求める。
星は、虚を突かれた顔をしたが、ええ、構いませんよ、と平静に返す。
「あっあっあっ!!」
まゆみは、今度は一眼レフのカメラを取り出した真名に近寄っていく。
「お姉さん!! もしかして、記者さん!?」
真名はカメラを構えて一枚撮影したところで顔を上げる。
ガラスケースの反射を巧みに避けて、その表面の不気味な不定形の何かを写し取る。
「今は警察のお仕事をさせてもらっていますけど、元々は記者なんですよ。これ、見たことない感じですね。前の仕事で、縄文時代の土器なんかは取材したことあるんですけど、こういうのは初めて。何が彫ってあるのかしら、これ?」
恐らく、間違いなくまずい「何か」だろうと確信しつつ、真名はごく基本的な知識しかないマスコミの切れ端の立場を装う。
まゆみはマスコミだというのに興奮したのか、ますます声を張り上げる。
「何って、決まってますよ!! 古代の日本にスライムが存在した証拠ですよねこれ!!」
今しもシャッターを切ろうとしていたところにそんなことを言われ、真名はかくんと力が抜ける。
「ス、スライム……ですか?」
思わず振り返ると、まゆみは頬を紅潮させて大きくうなずく。
「そうですよ!! ほら、見てこれ!! 人間の腕みたいなのが生えているじゃないですか。五本指で。すると、このスライム、かなりでかいですよね!! 人間と同じかもっと大きいかも? そんな軟体動物いませんから、これはスライムで決定なんです!!」
真名がぽかんとしていると、光紀が同じくぽかんとしている善巳の肩を捕まえる。
「八十川さん。大槻さんのこの石についての予想を聞いて差し上げてください。メモもちゃんと取ってくださいね」
「へ!? お、俺ッスか!? わかりましたッス」
善巳がまゆみに近づくと、真弓は矛先を真名から善巳に変え、滔々と「古代日本の真実」を話し出す。
曰く、このスライムは、古代日本人である縄文人が使役していた生命体なのではないか。
縄文人は猛獣や外敵と戦う時に、このスライム状生命体を使役した……。
光紀は、ぺこぺこする星に会釈を返すと、一人ぽつんとしていた、大人しそうな男子生徒に向かう。
「君は、もしかして、加津間俊くんかな? 今年の秋祭りで『黄の王神楽』を踊るはずだった?」
と、俊が顔を上げる。
おどおどした表情から気の強い地が露わになったかのようで、目の光が違う。
「『踊るはずだった』で終わらせません。刑事さん、この事件を解決してくださるんですよね? 秋祭りまでに? ……僕が、『黄の王神楽』を踊れるように?」
光紀は、思いがけぬ強い態度に怪訝さを覚えたが、質問より先に、俊が口にする。
「神楽は完璧なんです。ちゃんと衣装を取り戻してくだされば、僕は神楽を踊れる。取り戻してください、刑事さん。っていうか、あなたのお家のことですよね?」
責めるような口調で言われ、光紀は、やはりこの学校の生徒も、一筋縄では行きそうにない、と、認識を新たにしたのだった。