15 黄幡高校

「星夏生は、今のところ、不審な点はありません」

 

 黄幡高校に向かう道すがら、ハンドルを握った光紀が説明する。

 いつものように、助手席に善巳、後部座席に並んで真名と星美。

 時間は午後遅い。

 まだ明るいが、部活のない生徒は家路に就く時間帯。

 

「彼は、何でもこの黄幡市出身、小学校までここで育ちましたが、中学高校と親の仕事の関係で京都で暮らしていたそうです。大学も京都、教師になってからは、故郷の黄幡市に赴任したということらしいですね」

 

 そのいずれかの段階で、邪神教団との接触があった可能性はありますが、経歴自体に不審な点はありません、と光紀は断言する。

 

「地元の黄幡署の捜査員にも協力を仰ぎましたからね。経歴の詐称の可能性もない」

 

 善巳が、軽く首を傾げる。

 

「ええっと、これから調べる黄幡高校の、郷土史研究クラブの、顧問の先生は、特に怪しいところはないってことッスよね? で、残り二人の生徒は、そもそも高校生で未成年。ううん、こっちも空振りなんじゃないスかね?」

 

 と、星美が口を挟む。

 

「あら、高校生くらいになれば、邪神信仰を自分で選び取る可能性はあるわよ?」

 

 星美はくすくす笑う。

 

「高校生くらいにもなれば、指導者に接触さえできれば、大人と変わらない働きはできるわよ。邪神に対抗する者たちは、子供と思って油断しているから、虚をつくこともできるしね。今の八十川さんみたいに、みんな考えるってことね」

 

 光紀が、そういうことです、とうなずく。

 

「私が見聞きした事例では、邪教徒の中で実働していた最年少は、中学一年生の少年でしたよ。かなりの魔術の使い手だったそうで、到底侮れたものではなかったと」

 

 子供の柔軟な頭の方が、邪神の強烈な教義を受け入れやすいことだってあり得ますからね。

 光紀は、苦々しい表情でそう付け加える。

 

「すると」

 

 真名がふと口を挟む。

 

「顧問の星先生、部長の大槻さん、黄の王を演じる加津間くん、その三人のいずれか……または全員か、邪教徒との接点があるかどうかを探らないといけないのですね」

 

 なかなか難しそうですよね、と、真名は感想を漏らす。

 だって、正直、この世の中で誰が邪教徒かなんてわかんないじゃないですか。

 誰だって、邪神教団に接触する可能性はあるでしょう?

 どんな経路で邪神教団と関わりを持ってしまうかなんて、その時にならないとわからないじゃないですか。

 

「そうですね」

 

 光紀は、何かを思い出した顔で。

 

「私たちがこの世界に入り込んだきっかけ、星の精にでくわしたのが偶然でしかないように、他の人間も、偶然から来る些細なきっかけで、邪神信仰に足を踏み入れる可能性がある。一般人からはそういうものが見えないように社会が出来上がっていますが、一度気付いた場合は、二度と無視できない訳です」

 

 私たちは、こういう世界を知ってしまったけれど、かなり幸運な部類なんですよ。

 発狂して、邪神にこの世界を捧げようだなんて思っていませんからね。

 光紀は更に付け足す。

 

「狂気は伝染します。罹患してしまった場合、元には戻れず、同じ病に罹患した同類と同じ破滅に向かって走るだけです」

 

 光紀の運転する車は、高校の高いフェンスを巡らした外壁の外側に横付けされる。

 四人は車を降り、光紀が通用門脇のインターホンを押し、身分と来意を告げる。

 

 迎えに出て来たのは、昨日も会った郷土史研究クラブの顧問、星夏生だ。

 クリーム色のリノリウムの床の上に、半そでのワイシャツと夏のスラックス、夏向きのサンダルといういでたちで、光紀たちを迎える。

 

「ようこそおいでくださいました。お待ちしておりました」

 

 丁寧に一礼する星に、光紀も礼を返す。

 

「お出迎えありがとうございます。郷土史研究クラブの、大槻さんと加津間さんは、今日は登校されておられますか?」

 

 穏やかな光紀の質問に、星は丁寧に応じる。

 

「はい、今部室におります。ご案内しますね」

 

 と。

 

「あの、これは?」

 

 光紀が思わず足を止める。

 

 学校の正面玄関に続くその展示スペース。

 ガラスケースに入った「それ」が、光紀の目を引いたのだ。

 

「ああ、新校舎の建て替えの時に、学校の敷地内から掘り出されたのですよ。かなり古い時代のものみたいで」

 

「それ」は、一見すると、黒っぽい石でできた、全体的に円筒形で、一部が平面に削られた、石の柱のように見える。

 柱といってもそう巨大なものではなく、人間が両手で持ち運びできそうなくらいのもの。

 だが、その平面部分に彫り込まれたもの、そして円筒の周囲に刻まれた、文字のようにも見える「何か」は、全身総毛立つような異様な気配を放つ。

 

「これは……」

 

 光紀も、その背後の真名も善巳も覗き込む。

 わかっていたように平静なのは、星美だけである。

 

 そこに浮彫でき刻まれているのは、何とも奇態な形状の、蠢く目の付いた泥のような、妙な生き物らしきものである。

 うねりながら伸び上がり、ぐねぐねした体から、不完全な手のように見える器官が伸び、表面には無数の目に似たものが浮かび上がっている。

 見ただけでおぞましさのあまり内臓が縮みあがるような、血の気が一気に引いていくような、そんな図像が、数千年は立っていそうな円柱の表面に浮彫されている。

 周囲に描かれている紋様は、文字にも見えるが、地球上のどんな文字にも似ていない。

 

「何ですかこれ……生き物を彫った石の柱……なの?」

 

 真名が、思わずガラスケースの背後にまで回り込んで観察してしまう。

 

「すごく古い……摩耗しているけど……この石の柱、どのくらい前のなんですかね……」

 

「縄文時代らしいですよ」

 

 と、妙に明るい女の子の声が、真名の背後から聞こえる。

 

 思わず振り返った一行の目の前に、一人の少女と、彼女を引っ張るように止めている、一人の少年の姿が見えたのだ。

 

 ロングヘアを黄緑色のヘアピンで留めた美少女は、大きな目がちょっとまぶしいくらいにきらきらして、どこか興奮している印象。

 そして、後ろの、これも美少年だが大人しそうな人物は、どこか暗い感じはするが、それが端正な目鼻を際立たせている。

 

「私の家って、建設会社なんです。この学校の工事を請け負った時に、地面から出て来たんですって。そのまま学校に飾ってあるんです」

 

 上機嫌にハキハキ話すその美少女は、一同を眺め回し。

 

「皆さん、警察の人たちなんですか?」

 

 とのたまったのだ。