11 旧き印

「書斎、ことに魔術師の書斎なら、大量の書物があるはずです。恐らく一階にあるでしょう」

 

 光紀の推理に従い、真名と善巳、そして星美を含めた一行は、広間から続く暗い廊下に進む。

 暗いといっても、今の彼らの視界からすると、分厚い雲のかかった昼間程度の光量はあるように見えているので、特に不自由ということはない。

 正直何を考えているのかよくわからないところはあるが、このことだけでも、相馬星美は有難いと真名は思う。

 星美一人ならさっさと魔術書を回収して、自分なり誰かなり、適当な人間に託せば楽なのではないかとも推測するが、星美の口調からすると、これはわざわざ手間をかけて、自分たちに回収させないといけないものであるようだ。

 どういう理屈でそう判断したのかはわからない。

 だが、今の自分たちに他のやり方の選択肢はない。

 今更星美に見捨てられても困る。

 星美の促す通りに、この廃墟のどこかにある魔術書「妖蛆の秘密」を手に入れるしかないのだ。

 

 一行は、相変わらず銃を構えた光紀を先頭にして進む。

 さっきのことがあって向こうも警戒しているのか、何かが襲ってくる様子はあれ以来ない、のだが。

 

「……この部屋、広そうッスね」

 

 光紀の背後で、善巳が呟く。

 彼らの目の前には、ちょっと凝った彫刻を施された重厚な扉。

 

「……これは」

 

 光紀が、銃から片手を離して、扉の表面を撫でる。

 

「エルダー・サインか。なるほど」

 

 耳慣れない言葉に、善巳はすぐ後ろの真名と顔を見合わせる。

 

「あの、岩淵さん? 何スか、そのエルダー・サインて? 星……? 五芒星ってやつに見えるんスけどこれ」

 

 善巳は、光紀のしっかりした肩越しに、その扉の彫刻を覗き込む。

 確かに、ぱっと見それは五芒星に見える。

 それが、何か蔦状の植物に囲まれているような意匠である。

 しかし、どこかそわそわするような違和感を覚えるのが、反対側から覗き込んだ真名にも不思議に思える。

 何故だろう?

 

「……これは、ただの五芒星じゃありません。エルダー・サイン、旧き印と呼ばれる、魔術師が『奴ら』から身を守る時に使う図形なんです」

 

 光紀は淡々と説明する。

 

「よく見て下さい。五芒星の先端がそれぞれ欠けているでしょう?」

 

 光紀が扉の前から体をずらして、後ろの二人に見えるようにする。

 真名と善巳はおもわずしげしげ覗き込む。

 言われてみれば、五芒星のそれぞれ五つの突端が、ちぎられたように欠けている。

 何となく違和感を覚えるのは、これが原因だったのだろう。

 

「あの……この印があるとどうなるんスか? 奴らからって、あの星の精って奴は、この部屋には入って来られないってことッスかね?」

 

 善巳は疑わしそうにその印を眺めている。

 光紀はさらりとうなずく。

 

「そういうことになります。奴らとまとめて言っていますが、奴らの中にも系統があるんですよ。宇宙の彼方に巣食う『外なる神』、恐ろしく古い時代に地球に飛来した『旧支配者』。この二者と対立していると目されている『旧き神』。そのうち、前の二つの神性、及びその眷属から、この印は我らを守護してくれると言われているのですよ」

 

 その説明が、真名の脳裏にじんわりと染み込む。

 彼女は、はたと気付いて、下げていたカメラ用のバッグをまさぐる。

 

「あの……すると、この図形を写し取って持っていれば、あのお化けは私たちを襲わなくなるんじゃないですかね?」

 

 ふと。

 背後で星美がきゃらきゃらと笑いだす。

 

「あら、よく気付いたこと。流石、魔女の才覚がある子だわ。で、どうやって写し取るの?」

 

「こうやります」

 

 真名は、バッグの中から、今日日趣味人御用達となっているポラロイドカメラを取り出す。

 フラッシュよし、フィルムもまだたんまりある。

 

 真名は、光紀と善巳に、どいてくれるように頼みこむ。

空いた空間で扉と適度な距離を取り、構えて数度撮影する。

 舌を突き出すようにポラロイドの写真が吐き出され、真名はそれを光紀と善巳に見せる。

 

「これなら一瞬で写し取れます。岩淵さんも、八十川さんも、これ一枚ずつ持っていてください」

 

 綺麗に撮影されているのを確認し、真名は光紀と善巳に、そのポラロイド写真を突き出す。

 と、ふと背後の星美に振り向く。

 

「あの……相馬先生は、この印……」

 

「この方、間違いなく『外なる神』の一柱ですよ。この方も近寄れなくなるかも」

 

 光紀が今のところそれはまずい……と言いかけたその時。

 

「何が?」

 

 星美は、すいっと前に進んで、「エルダー・サイン」の彫刻をぺしぺしと手で叩く。

 そのまま、扉のノブに手をかけて、軋む音と共に、それを開いて見せる。

 

「私、半分人間なのよ? それに、私くらいの『外なる神』には、それってあんまり意味がないわよ?」

 

 でもまあ、さっきのああいうのには有効だから身につけておくのはいいアイディアよ。

 子猫ちゃん賢いわ。

 

 あっさりそう告げられ、一行は安堵するやらだ。

 とりあえず、「星の精」の襲撃の確率がかなり減ったという事実は有難い。

 

「ここって、居間だったみたいね?」

 

 星美が、中をちらっと見やった様子で、そんなことを口にする。

 彼女は先に立ってさっさと室内に入る。

 

 真名、光紀、善巳の三人は顔を見合わせると、そのまま居間だというその部屋に入り。

 

「!? うっ……あぁあああああぁ!?」

 

 そこで目にしたそれに、思わず悲鳴を上げたのだった。